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マチ★アソビ vol.11「幾原邦彦の世界」

Category : 幾原邦彦作品


徳島県で行われた、「マチ★アソビ vol.11」の幾原監督のトークショー『幾原邦彦の世界』に参加しました。
10月12日の16:00~17:30に眉山山頂ステージにて行われ、セーラームーン・少女革命ウテナ・輪るピングドラムについて語るという内容でした。

※個人の記憶によるものなので間違いがあるかと思います。他の方のレポートを参考にさせて頂いています。また、記事内容の転載はやめてください。

写真は開会式前の時のものです。 
眉山山頂は無料の野外ステージなのと、この後に喜多村英梨さんや今井麻美さんのライブが控えていたこともあり、大賑わいでした。いつものイクニイベントと比べて男性比率が高くて新鮮でした。

司会は藤津亮太さん。
ゲストに庵野秀明監督、星野リリィ先生。
 
まず幾原監督が登壇され、徳島出身であることや、マチアソビに参加することは初めてであることを話されました。
キングレコードのブースでピンドラのグッズを販売したことはあるが、当時は制作中のため来ることができなかった様子。
 
街の風景について、いつもあまり人がいないイメージだから驚いているというコメントがありました。徳島の人なら分かるよね?!とのこと。
 
その後ゲストのお二人が登壇されました。
 
以下、敬称略。
 

■幾原監督の印象
 
藤津:お二人から見て、幾原さんはどのような印象ですか?
庵野:目立ちたがり。最初はアニメ関係者にこんなお洒落な人がいるのかと驚いたけど、次第に「目立ちたいだけなんだ」と分かった。
星野:「王子様然としてる、俺!」みたいな感じ。口に出して優しいことも言ってくれて、本当に優しい人なんだけど、「そういう、俺!」って感じもする(笑)
 
藤津:…とのことですが、幾原さんとしてはどうですか?(笑)
幾原:確かに意図的に目立たないといけないと思っていた時期があった。これは傲慢だけど、当時アニメ作ってる人を見下してる所が自分にあって、そこに混ざりたくないという思いがあった。それが容姿に出てたと思う。
 
 
■美少女戦士セーラームーン
モニターに月野うさぎの変身バンクが流れる。
 
藤津:幾原さんと庵野さんはこの頃知り合われたんですか?
幾原:そうですね。セーラームーンの作画を担当してた会社のスタッフが間を取り持ってくれた。
 
幾原:庵野さんについて、名前は知らなくても存在は知っていた。その後例えばナウシカの巨神兵のシーンを担当していたりして、20代の中ではトップランナーだった。庵野さんは若い頃からやりたいことをやって、それが世間的な評価を得ているところがすごい。
 
庵野:幾ちゃん(※幾原監督)の真骨頂はきんぎょ注意報。東映なのに、東映っぽくないことをしていた。作画の崩れる回では、極力動かさない工夫をしていたのに、普通動かさないところを一コマで表現していたのが面白いと思った。
幾原:きん注はトラウマだからやめてほしい(笑)
 
幾原:セーラームーンは、大きなお友達には受けると思っていたが、まさか本来のターゲットの子供に受けるとは想定外だった。半年で終わると思ってたのが延長になり、設定を変更する必要があった。佐藤さん(※佐藤順一監督)は当時別作品も担当されていたので、あまりスタッフルームにおらず、誰かが取りまとめをしなければいけなかった。そこで、僕がやりますよと請け負った。
 
幾原:R劇場版は本当に大変だった。一部で庵野監督も手伝ってくれていた。セーラーアタックのあたり。頼んでいたわけではないが、制作スタッフが庵野さんにまで回してくれていた。当時ガイナックスがセーラームーンのグロスをやっていた関係もある。
 
幾原:ウラヌス・ネプチューンの変身バンクのディレクションは庵野さんがされていた。
(モニターにウラネプの変身バンクが流れる)
庵野:キャラが多くなってきたために7秒しか与えられず、流石に無理だったのでギリギリまで伸ばしてもらった。うなじと鎖骨にこだわった。
幾原:二人の唇がピピーッと光るのは、スポンサーの要請だった。販促のため。
庵野:高校生だからリップグロスだけどね。
 
藤津:東映出身の方に、何か共通のカラーはありますか?
庵野:東映は職業的なところだから、言葉は悪いがファクトリーだった。それはそれで良いところはもちろんある。しかし幾原くんや細田くん(※細田守監督)はそこで個性が出て、外に出ることになった。
 
 
■少女革命ウテナ
モニターにOPの映像が流れる。
 
幾原:最初は女の子向けでは考えていなかったが、さいとうちほさんの漫画を見て、これを動かしたいと思った。それまでの考えを変更して女の子向けをやることになった。
 
幾原:何をやっても、どこかで見たことのある感じがした。パロディにしかならなかった。自分の中にオリジナルがないのでは?!と衝撃だった。
 
藤津:星野さんはウテナはご覧になってましたか?
星野:私はウテナは直撃世代だった。18,19の尖っている頃に見たから余計。
藤津:女性から見てウテナとアンシーはどうでした?
星野:当時はウテナが好きで、アンシーは不気味な子という印象だった。今見るとウテナは思春期の女の子で、アンシーの方が分かるなあと思う。

幾原:ずっとウテナだけで考えていて、「王子様になりたい女の子」であると思っていた。しかし、リボンの騎士やベルばらのパロディなの?と自問自答してしまった。悩んでいた時に、さいとうさんの漫画の中に「お姫様になりたいけど、妹だからなれない女の子」を見つけて、これだ!と思った。ウテナの横にアンシーを置くことで、ウテナの個性が浮き彫りにされるだろうと。これでこの作品はオリジナリティを獲得できると考えた。

幾原:さいとうさんの世界観に、寺山さんの音楽を加えることでアングラ宝塚のようになった。企画書では「ベルばらみたいなもんです」と出して、実際は違うものを作った(笑) 見たことがあるものじゃないとお金を出してもらえないから。

幾原:お金のプレッシャーがすごかった。時間がたつにつれてあっという間になくなっていって、お金を燃やして芋を焼いている感じだった。予算の配分も考えて作らないと、作品に粗が出てしまうし、難しかった。東映時代はこれをすべて大人の人たちがやってくれていたんだなと痛感した。

 
■輪るピングドラム
モニターにOP(ノル二ル)の映像が流れる。

藤津:星野さんはどのような経緯でこの作品に参加されたんですか?
星野:出版社経由で、私の漫画に興味を持った方がいるので会ってみませんかと言われた。「幾原」と聞いてもピンと来なくて…。私はアニメは見ていても、スタッフの名前を覚えるのが苦手だったので。担当の方が「ウテナ?というアニメを作った…」と言ったので「ウテナの監督だー!」と気づいた。初めて会う時、ウテナを作った人なんだからきっとアーティスティックな人なんだろうと思っていた。待ち合わせ時間にいきなり遅刻してきて、しかも携帯を持っていなくて(笑)、絶対に気難しい人なんだと思った。でも、会ってみたら優しくて話しやすい人だった。そのあとしばらくたって、一緒に作品を作ることになった。
 
幾原:星野さんの絵に一目惚れした。ざくろの連載が始まったばかりの頃で、まだ有名な方ではなかった。最初は星野さんの作品を借りて作るつもりだったが、気が変わって、やはりオリジナルを作りたいと思った。そこで再度、オリジナルを作りませんか?と声をかけた。

星野:どこまでがキャラデザ原案の仕事なのか分からなくて、どの範囲まで口を出していいか迷った。でも、自分に任されたことはきちんとしようと思った。

幾原:最初は人間ではなくて、登場人物全員が動物の予定だった。白熊とか。ヒロインはペンギンの女の子と決めていた。星野さんが描いてきたペンギンの女の子がすごく良くて、「今までずっと作りたかった95年の話をやっと作れる!」と思った。suicaにペンギンの絵があるし、それと電車を組み合わせて95年の話ができると考えた。ウテナからキャリアが空いていたけど、その間ずっと95年の話がやりたかった。しかし、そんな企画書を出しても「なぜそんな誰も幸せになれない話を作りたいの?」「何か高尚なことを言いたいの?」と却下される。
95年の問題は、僕らの世代にとって絶対的なテーマだった。これが作れないのであれば、一体自分は何のために生きているのかと問うくらい。これを作れるのは、傲慢だけど自分しかいないと思った。

幾原:制作途中に震災が起こって、フィクションに対して薄っぺらさを感じてしまった。とても衝撃だった。震災がなければ、もっと世界を上から見るようなエッジの効いた作品になっていたかもしれない。震災後は、もっと家族や兄弟の話を作りたいと思った。

幾原:伝えたいことがあれば、パロディでもいいんだ、何でもいいんだと思えるようになった。逆に言うとそれまでは伝えたいことが自分の中にあまりなかったのだと気付いた。

幾原:女性スタッフの意見はまず参考にした。たくさん「ダサい」と言われてしまった(笑) 最後に兄弟が生き残るのはダメだ、死なないと女子的にはダメだと言われた。セーラームーンをやっていたことで、女性の意見を聞くべきだというのが身についたんだと思う。

幾原:星野さんの(ペンギン帽子の)デザインがダサくて不細工でとても良いと思った。可愛くとオーダーしたのに、この人はこんなに不細工に描いてきて、すごい!変な人だ!と思った。
星野:帽子は美女のつもりで描いたんですが…。もう言いません(笑)

幾原:おしゃれな絵はかっこいいけど、引っ掛かりがないように思う。星野さんのデザインはどこかダサくて違和感があって、引っ掛かりがあるように感じた。


■幾原監督に向けて

庵野:幾ちゃんは普通ではない。世間は君とは違うんだよ。それを認識した方がいいよ。
藤津:幾原さんに望むことは何かありますか?
庵野:ずっと、今のままの君でいてほしい。

星野:幾原さんは男性だから男性の考え方をするんだけど、本能で女性・少女性というものを理解していて、女子がいいなと思うものを作っている。
藤津:星野さんは幾原さんに望むことは何かありますか?
星野:…そのままでいてほしい(笑)

幾原:僕は運がよかった。美大に入れてもらったことでこの仕事に就いたし、セーラームーンをやらなければ庵野さんにも出会わなかったし、ウテナも作っていない。そうすると星野さんにも出会えていない。本当に運が良かった。あと、僕もそんなにキャリアがあるかは分からないけど、いつか庵野さんと一緒に何かやれたらいいなと思う。


最後に会場からの大きな拍手でトークイベントは終了しました。

徳島が会場のため最初は躊躇していましたが、思い切って行ってみて良かったです。空気も綺麗で景色も良くて、とても良いところでした。
幾原さんは今までのウテナイベントでは「ほにゃららムーン」や「なんとか動画」と(一応)伏せていたところがあったので、今回こんなにセーラームーンがクローズアップされたことに驚きました。庵野さんがいらっしゃるからですかね。
1時間半の長いトークでしたがあっという間に感じました。欲を言うと、ピンドラやウテナの作品の中身について、もっと庵野さんの意見を聞きたかった。贅沢ですが。

楽しい時間をありがとうございました。
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